占いは大きく分けて、命占(めいせん)・卜占(ぼくせん)・相占(そうせん)という三つの種類に分類することができます。相占とは、目に見える対象の姿や形から、吉凶や運命などを読み取る占術です。卜占がインスピレーション、命占が方程式を解読するような読解力が必要だとすれば、相占は詳細な観察力によって読み取る技法なのです。手相にせよ人相にせよ、一人として同じ形は無いため、特に細かな観察力が必要な占いなのです。ですが、専門的な風水などを除けば特別な道具などを必要としない為、親しみやすい占いの一つで路上の易者さんの大半が手相占い師だったりするのです。
古代ギリシアの哲学者、アリストテレスは「手は人間の色々の器官の中で最も重要な器官であり、身体全体の消極的作用のうち積極的作用をなすものである」と残しています。このように、「手」は私たちの見えない「心」が形として現われたものであるといえるでしょう。しかも日常、「閃き」とか「胸騒ぎ」などの経験から、現在のことを感知したり未来のことを察知したりします。こうしたことから、手は機能的なものだけではなく、その人の生活とその人の心と共に感じ、動き、変化をしてゆくものなのです。「手」は常に生活と密着し、人間の心を伝え、行動し、感応し、その表情は千変万化。つまり「手」を知ることは、その人自身を知ることでもあり、さらにその人の運命をも知ることに繋がるのです。
1940年9月、フランス西南地方のドルドニュ県モンティニャック村の近くで発見されたラスコー洞窟には、2万年前のものと推定される人間の手型が壁に無数に刻まれています。このラスコー洞窟に見られた字型は、他の先史時代の洞窟でも発見されていて、人間の手型を壁に残すことによって、宗教的な儀式を行なっていたのであろうという学者の見解があります。しかし、2万年前の人類は、もうすでに「手」について深い関心を持っていたのではなかと思われるのです。一つの運命判断の技術として、最初の普及とともに中国や朝鮮に伝えられ、やがて日本にも伝播された手相。仏像には手相が刻まれていますし、仏像の種類によって手相の型も違っているところから判断すると、手相術がかなり普及していたと考えられます。
占いとしての手相術は18世紀、19世紀には大金盛時代となり、有名な占い師がこの時代に登場しています。中でもナポレオンのおかかえ占い師として有名なルノルコン嬢は、ジョゼフィーヌとの離婚を予言して監禁されたり、フランス革命の英雄ロベスピエールやダントンも、彼女に占ってもらっていたと言われています。手相術のいろいろな専門語は、この頃につくられたものが多く、日本でもこの名称が使用されているほどです。20世紀に入ると手相を科学的に研究してみようという学者も増えました。心理学や医学の面から手相の研究が活発になって、特に第2次大戦後、手の外科が発達するにつれ、手相の謎を解明してみようという医学者も多くなったのです。病気と手相との関連について、アメリカのフィラデルフィア大学医学部のセオトール・べーリ博士が研究書を発表して以来、アメリカやヨーロッパでも同種類の研究が多くなったといえます。
自分の見慣れたつもりの手の平でも、改めて注意してみると左右でずいぶん違った形のシワの入っている人や、非常によく似た形のシワの人など、それぞれの個性が現れていて面白いものです。両手を自然に組んだ時、交差した腕のどちらの親指が下になっているか注意して見て下さい。この下になった方の手が、あなたにとって重要な手となります。あなたの現在、未来を物語っている手なのです。一方、親指が上になった方の手は、あなたの隠れた才能や潜在的な性格、過去などを現しています。一般的に左手の親指が下になる人が多く、自分を周囲にうまく合わせていくことの上手い順応力に優れ、現実的で常識的なものの考え方をしていくタイプとなります。これに対して右手の親指が下になる人は、自分の夢などを大切に考えたり、何かを求めようとする気持ちが強く、想像力やアイディアに優れ、個性を発揮しようとするタイプとです。左右の手相が大変似ている人は手相にもいますが、性格的に円満なことが多く、手相の違いが目立つ時には、思いがけない才能や性格が隠されていて、それだけ複雑な特徴を示しているのです。
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